Stories Vol.2|我巣灯 豊中に明かりを灯す老舗のジャズバー
阪急豊中駅から少し歩いた先の一角に、ぽつりと灯る明かりがある。
43年よりも前から、変わらない場所で夜ごと音が流れてきた。
その店の名は「我巣灯(がすとう)」。
マスター・誠さんが、今日も静かにカウンターに立つ。
──43年。長いですね。最初から音楽のお店として始められたんですか?
誠さん:
音楽のお店かどうかというのはわからず、すでにジャズライブをやっていたところに雇われて入りました。
当時は別の店長もいたけど、1年ほど経った頃に、そのまま引き継ぐという形でしたね。
飲食店の経験はあったので、そこそこノウハウはあったかもしれないけど、24歳、まだ“クソガキ”ですわ(笑)。
──若い頃からお店を任されて、ライブのブッキングなど大変なことも多かったのでは?
誠さん:
そうですね。でも当時はブッキングは豊田さんがやってくれてて、本当に助けられましたね。
※豊田晃(1949–2016)──ジャズドラマー。
1984年にリーダー・アルバム『弁慶』(Sound Design)を発表し、
サックス奏者 Joe Lovano らとも共演した。
43年前の豊中
──43年前の豊中って、今とはだいぶ違いましたか?
誠さん:
どうですかね。毎日ここにいたら、あまり意識しないもんですよ。
街が変わったかどうかより、自分が歳を取ったことのほうが実感ありますね。
(少し考えて)
空港関係のお客さんが多かったかな。
お客さんも若かったし、活気があったと思います。
若い取材者の少し的外れな質問に、店主は笑って答える。
──30周年と35周年にはパーティーをされましたね?
30周年は僕が発案して、35周年は周りが動いてくれたという感じかな?
40周年はコロナでできなくてね。
長く続けてるとね、いつの間にか周りが動いてくれるようになるんですよ。
アルバムを覗きながら、知人やミュージシャンの思い出を語る。
(次回、人と場所を質問する。文章の説得感を出す .. )
生の現場でJazzに寄り添ってきた音楽観
──ジャズって“自由”な音楽だと思われがちだと思うのですが、どう思われますか?
店主:
自由ではあるけど、好き勝手ではないですね。
ちゃんと型があって、そこから外れる面白さがある。
料理と同じで、材料を全部入れたらおいしくなるわけじゃない。
美味しくするという目的もあるし加減もあるんです。

──演奏者に求める姿勢はありますか?
来たお客様に”ありがとうございました”これは絶対に言って欲しいんですよ。
お金をもらう以上、それは当然のことなんですよ。
でもね、演奏では必要以上に媚びてほしくない。
お客さんに合わせにいくんじゃなくて、音楽では自分の音をちゃんと出してほしい。
やっぱり、それでジャズが面白くなるんです。
あとね、ジャズ・スタンダードってね、映画音楽が多いんですよ。
だから僕はよく言うんです。
「まず、その映画を見てください」って。
曲の背景を知ると、音の聴こえ方が全然変わるんです。
池田市のね、ある、クラシックのコンクールに呼ばれて行ったんです。
演奏していたのは、エンニオ・モリコーネの『ニュー・シネマ・パラダイス』の「愛のテーマ」だったかな。
隣の人が言うんです。「こんな曲だったかな?」って。
人ってわかるもんですよ。
まあ、“最後まで映画をご視聴ください”って感じですね(笑)。
──音楽に伝えたいテーマがあると心に響くんですね。ジャズの良さってなんなんでしょう?
例えばね、僕は昔、トライアスロンをやってたんですよ。
大会に出るとき、泊まった宿のおばちゃんが言うんですわ。
「なんでそんなしんどいことするん?」って。
でも、僕は楽しかった。
つまり、人によって“楽しい”って違うんですよ。
しんどいと思うことでも、本人が楽しければそれでいい。
でもね、ジャズって、多いでしょ。通みたいな人が、“この演奏はみんなはこう思っているが本当はこうだ”とか。
僕は、そういうのはできたらやりたくない。
音楽は競争やなくて、共有やと思うんです。
音楽をずっと聴いていると、自然と体に入ってくるんですよ。
若い頃は何も知らなかったけど、続けていたらリズムがわかるようになってきた。
音って、そういうものなんです。
──なるほど。私もいつからJazzが好きになったのかはわからないです(笑)
ビギンのリズムって知ってる?最近ハマっててね。
店主の指が、年月の重みが刻まれているカウンターを静かにたたく。

──最近ではどんな方がライブをされていますか?
昔から、大きくは変わらないかな。最近の若手のプレイヤーではギターの四方裕介(しかた・ゆうすけ、ギタリスト)さんがいいね。

彼はチャレンジャーで、いろんな人を呼んでくれてね、音楽的に新しいことをなんでも挑戦するんです。
憧れられるより、一緒に楽しみたい
──このお店には、ずっと通う方も多いですよね。
店主:
ありがたいことにそうですね。
でも“憧れられる店”というよりは、“一緒に楽しめる場所”でありたいんです。
人のできることには限りがある。
でも、自分にできることで、一緒に楽しめばそれでいい。
音楽も、そういうもんやと思うんです。
音があり、人がいて、時間が流れる。
豊中の夜に、ひとつの灯が今日もともる。
店名: 我巣灯(がすとう)
場所: 大阪府豊中市本町4丁目2番57号


